一之御前社

御剱探訪シリーズ10 一之御前社(いちのみさきしゃ)

一之御前社とも称され、御剱学区と高田学区との境い近くに在り、祭神は、大伴武日命(おおともたけひのみこと)と日本武命(やまとたけるのみこと)である、創建は450年程前にさかのぼる事ができる。
 「尾張志」によると「一之御前社高田村に在り」と書かれている。
永禄7年申子年(1564)当村の城主村瀬浄心が『日本武命と共に熱田大明神を移しの森に勧請せし』とある、この事は元禄7年戌年(1694)5月と書かれた旨が残されています。

 旧高田村図に観る、「盡森大明神」の盡森の語源については、はっきりせず台風時や出水時に古渡方面から人を船で運び、移した時の目標地点としての「移しの森」の異名が残されたらしく、更には「美しの森」とも言われた、この地が極めて美しかったからと思われます。
晴れた日には、旅人は南に抜けて賑町あたりから古次海道(潮が満ちた時は通れない)に出て干潮時に走って通り抜けたといわれています。このように高田小学校あたりを抜け南進していたと言われるものが鎌倉街道ではなかったかと云われています。また、古次海道が通れない時には、「移しの森」から現在の八劔社のあたりへ出て高田村を経てさらに東南の方向に通り抜けたと云われています。

また、「尾張志」には境内に安産泉という清水が在ったとも書かれています。更にこの近くに観音堂も在り「謎の愛知郡高田村キリシタン」との関係もありそうです。

参考文献 「尾張志」、 郷土史研究家福島利雄氏文献           平澤靖夫

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です