八劔社の由緒

 当初は、建速須佐之男命、日本武尊、大伴武日命を発神とし、天喜4年(1056)ごろ、熱田神宮下宮の八劔宮より勧請、境外神社新八劔宮として千年の歳月を経て現在にいたっています。

 昔、熱田の大宮司が尾張氏より藤原氏へと恙無く移行されたのは神仏習合の時代、八劔大菩薩本地不動明王の威力によるものと崇敬されています。

 日本武尊、大伴武日命は、高田城主(村瀬浄心)が永禄7年(1564)に熱田大明神として移しの森に勧請し、明治44年に八劔社に合祀されています。

 八劔社は、尾張城主が文化8年、文政13年の2回にわたり、この地域の洪水排除計画を熱田大明神に遥拝祈願したともいわれ水害に対しての聖地でもありました。

(八劔社誌より)平澤靖夫 記

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