我がホームグラウンド 瑞穂台地(高田村)

御剱探訪シリーズ①

私たちのホームグランド瑞穂台地は、名古屋城下で田畑が広がる農村地帯でした。
城下や熱田宿に農産物を供給して生計を立てていました。
また、瑞穂台地は、6ケ村と熱田神領や名古屋新田が入り組んだ地域でした。

この地域は、尾張藩に天保12年に提出されている「高田村絵図」(今の御剱学区と高田学区の一部)によって、昔の様子をみることができます。
八剱宮盛尾寺郡道に囲まれた地に50戸の集落があり、名市大の東に14戸ほどの民家がありました。御剱小の西側から牛牧附近で精進川(新堀川)に沿って高辻までは田んぼでした。村内には神社仏閣と溜池がありました。

(瑞穂区誌参照)平澤靖夫記

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