神之内八幡社

御剱探訪シリーズ⑨神之内八幡社(じんのうちはちまんしゃ)          

祭神は應神天皇を祭り、南新宮と天満宮を合祀しています。  

南新宮は,熱田天王祭の宵祭りには熱田まで提灯を奉納する習わしがあったそうです。

これは幼児の疫病の神様として近在の村々にも名を轟かせていたそうです。しかし明治十年に種痘が打たれる様に成ってから参詣が少なく成りましたが、「提灯ヨバイバイヨ、高田ニ置イテキタ」との子守唄は大正の末期頃まで、天白区の島田や植田方面まで伝承していたとの事です。六月十六日には提灯を善男善女たちが奉納して、無病息災を願つたとの事です。

 境内には肴瓮石(ナベイシ)と呼ばれる石が祭られており、弘法大師さんが尾張地方を巡錫の際高田村の海上寺に立ち寄られた時、境内に子供達が集まって石を叩いて居ったそうな、その石の音が唐につたわる肴瓮石であり、この石に祈願すれば、頭痛、歯痛腰痛がたちどころに治ると言い伝えられているのです。

明治になり西洋医学の導入発達と共に、自然の脅威から解放されて因習が消えて仕舞った事は残念です。

 神之内八幡社は、熱田神宮との関係も深く(熱田神宮年中行事偏)に「高田村神之内ハ幡より呪師一人出す」との記述が有ります。呪師(ジュシ)とは日本芸能の一っ猿楽に属し、平安時代から鎌倉時代に掛け華麗な装束で、神宮の御遷宮や法会の時に人を氏子の中より出していたとの事である。

(福島利雄氏書伝) 平澤靖夫

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